精神を病むきっかけ
正直に言って、現状のように精神の病に侵されるきっかけというのは
今でもはっきりしない。
しいて言えば、高校・大学時代に既に、素地はできていたのだと思う。
異常なほど人の視線や振舞い、自分の評価を気にしすぎて、言いたい事を
言えず、挙動不審で内にこもる傾向がかなり強かった。
如何しても孤立してしまい、かといってそれを嫌って積極的に他人と交わろうとする
意欲もなく、学校が無いときは食事以外は籠る事が殆どだった。
何かの趣味に没頭するのならまだよかったが、大抵の時間をただ横になり
無為に過ごしていた。この時点でおかしいと感じ、家族と相談でもしていれば
もしかしたら、その後は違っていたかもしれない。
しかし、そのころの自分はそれが「普通」であり、他人とは違うが「性格、性向の問題」と
思っていた。
例え異常と認識していたとしても、精神科に通うという事は考えもしなかっただろう。
今から十数年前、ようやく「うつ」が一般でも認識し始めたころだ。
この時期にどうにかできたら、と悔やむこともあるが
やはりこの時期には思い至る事も無かっただろうし、残念だが避ける事は出来なかった
と結論付けている。
今でもはっきりしない。
しいて言えば、高校・大学時代に既に、素地はできていたのだと思う。
異常なほど人の視線や振舞い、自分の評価を気にしすぎて、言いたい事を
言えず、挙動不審で内にこもる傾向がかなり強かった。
如何しても孤立してしまい、かといってそれを嫌って積極的に他人と交わろうとする
意欲もなく、学校が無いときは食事以外は籠る事が殆どだった。
何かの趣味に没頭するのならまだよかったが、大抵の時間をただ横になり
無為に過ごしていた。この時点でおかしいと感じ、家族と相談でもしていれば
もしかしたら、その後は違っていたかもしれない。
しかし、そのころの自分はそれが「普通」であり、他人とは違うが「性格、性向の問題」と
思っていた。
例え異常と認識していたとしても、精神科に通うという事は考えもしなかっただろう。
今から十数年前、ようやく「うつ」が一般でも認識し始めたころだ。
この時期にどうにかできたら、と悔やむこともあるが
やはりこの時期には思い至る事も無かっただろうし、残念だが避ける事は出来なかった
と結論付けている。
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